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東京高等裁判所 昭和59年(う)1922号 判決 1985年9月13日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人長谷川純が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官提出の答弁書にそれぞれ記載してあるとおりであるから、これらをここに引用する。

控訴の趣意中、不法に公訴を受理した旨について

所論は、要するに、被告人は、本件電波法違反による公訴提起を受けるに先立ち、軽犯罪法一条三号に違反する侵入具携帯の罪を犯した現行犯人として逮捕されたが、他人の邸宅又は建物に侵入するのに使用されるような器具と認められたドライバーは被告人の所有物ではなく、右逮捕は、その所有関係を確かめることなく、被告人が現に犯罪を犯していることを現認しないままなされた違法逮捕である。検察官は、公訴を提起するか否かを決するに当つては、証拠収集に至る捜査手続全体を考察し、その証拠価値は捜査手続全体の合法性を加味して評価すべき義務があるというべきところ、本件電波法違反の嫌疑は右違法逮捕に基く違法な捜査の結果得られたものであつて、その違法性に照らして考察すると、検察官は本件を不起訴処分にすべき義務があり、これに違背してなされた本件公訴は無効のものであつて、刑訴法三三八条四号により棄却されるべきものである。しかるに、原審裁判所は、現行犯逮捕に関する刑訴法や軽犯罪法の解釈を誤り、かつ逮捕の経緯に関する事実を誤認して適法な逮捕であると判断したうえ、本件公訴を棄却することなく実体判決をしたものであつて、原判決には不法に公訴を受理した違法があり破棄すべきものである、というのである。

そこで、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討するに、原審証人関戸政夫、同小森仲二の各証言内容は、いずれも具体的かつ詳細で、自ら体験し記憶しているところを自然かつ合理的によどみなく整然と述べられ、作為的なものは認められないのであつて十分信用することができるし、これに原審証人山口英二の証言、司法警察員髙橋實作成の実況見分調書、原審裁判所施行の検証の結果(第一一回公判廷におけるもの)、司法警察員関戸政夫作成の昭和五八年一〇月一二日付捜索差押調書、押収してある被告人名義の運転免許証一通(当庁昭和五九年押第六三〇号の六)、手袋一双(同号の七)、鍵一個(同号の八)、吉川弘名義の自動車運転免許証一通(同号の一一)、黒色皮製二つ折り自動車運転免許証入れ一個(同号の一二)、ドライバー二本(同号の一五、一六)、白色布製バッグ一個(同号の四四)、灰色ナイロン製スポーツバッグ一個(同号の四六)等関係証拠を総合して検討すると、原判決が、「公訴棄却事由の存否」の項において認定説示しているところは正当して是認することができる。そして、軽犯罪法一条三号所定の他人の邸宅又は建物に侵入するのに使用されるような器具(ドライバーは、客観的に侵入の用途に用い得る性質を備えたもので、これに該当するものと解せられる)を「携帯する」とは、このような器具を、直ちに使用することができる状態で自己の支配下に置いておけば足りるのであつて、携帯している者が所有権や使用権などの権原に基いて携帯しているかどうかは右罪の成否には関係ないものである。そして、前記の証拠によると、被告人は小金井食堂の駐車場の奥に駐車中の普通乗用自動車の運転席ドア付近に立つてポケットに手を入れ鍵を探すしぐさをしたこと、これより先、右食堂の南角付近で被告人が一人の男と話したうえ別れた事実が窺えるもののおよそ一時間にわたり続けられた職務質問の間に、右自動車の所有者又は使用者或いは同乗者とみられる者が誰も現われていないこと、右職務質問中、警察官が車の鍵の所在を尋ねた際、被告人は後部座席上に置いてあつた灰色ナイロン製スポーツバッグのチャックを開けて手を入れたり、また、後部座席前の床にあつた白色布製バッグを同座席上に置き、警察官がこれらのバッグを開けて中を見せるよう求め、その方に手を伸ばした際、白色布製バッグを押えてこれを阻止したこと、更に、警察官が、バッグの中を開けて見せるのがだめなら、バッグの上から触らせてもらうよと念を押し、被告人において敢えてこれを拒否しなかつたので白色布製バッグの外から手で触り、プラスとマイナスのドライバーが二本入つているのを確認したうえ、このバックは誰のものか、ドライバーは何のために持つているのか尋ねたのに、被告人はこれらのものが誰のものであるのか等について何ら弁解せずかつドライバーの使用目的についても明らかにせず右質問に一切答えず、また他人の住居に侵入するような道具を隠して持つているという軽犯罪法違反の現行犯として逮捕すると告げられたのにかかわらず、それが自分のものでもまた自分が持つているものでもない等の弁解は一切していないこと等の事実を認めることができるのであつて、これらの事実に照らして考えると、被告人は当時右ドライバーを占有支配していたと認めることができるのであつて、警察官が右軽犯罪法違反の現行犯人と認めた点に誤りは認められない。そして、当時被告人は警察官の質問に対し現住所を明らかにしていないのであつて、記録を精査しても、右逮捕が違法であることを疑わしめる資料はない。従つて、逮捕の違法性を前提とする論旨はその前提を欠き理由がない。

控訴の趣意中、法令適用の誤りの主張について

所論は、要するに、電波法四条一項に規定する「無線局の開設」とはアンテナ、送受信機、電源等無線設備を設置して電波を発射しうる状態に置き、かつこれを操作し得る者を配置し、いつでも無線局として運用可能な状態に置くことを要し、無線局の開設者とは、その無線局を支配・管理している者と解すべきところ、原判決は、本件無線局の支配管理者が誰であるかを決定することなく、単に被告人が本件無線機と関連性があるか、あるいは関連性が強いということを認定しただけで無線局開設罪の罪責を問うているのであつて、右は電波法の解釈適用を誤つたものである。仮に、原判決が、無線局開設者の概念を右と同旨に解し被告人を本件無線局の支配管理者として処罰した趣旨に理解したとしても、原判決が認定した事実からは、被告人がその支配管理者であることを推認することはできないものであつて、いずれにしても、原判決には右法令の適用を誤つた違法がある、というのである。

そこで検討するに、電波法四条一項所定の「無線局の開設」及び同法一一〇条一号所定の「無線局を開設した者」の意義については所論のとおり解せられるところ、関係証拠によると、原判示の日時、場所において、駐車中の本件自動車の中に電波の送受信が可能な状態にある携帯無線送受信機が置かれていたこと、すなわち、無線設備を設置して電波を発射しうる状態に置かれていたことが認められ、この点については所論も争うところがない。しかして、所論は、原判決が「無線局を開設した者」の意義について、その無線局の支配管理者であることまでは要しないとしている旨非難しているが、原判決はその意義についての一般的な解釈を明示しているわけではなく、原判決の判文、特に「被告人が、本件無線機を自己の計算において操作・使用する意図を有し、かつそのように操作・使用することが可能な状態にあつたことは、これを優に認定することができるというべきである(なお、……被告人が本件無線機を操作する能力を有していたことも明らかというべきである。)。そして、かかる事実が存すれば、共同使用者の有無及びその者が無線局開設の免許を有するか否かにかかわらず、無線局開設罪は成立するものと解するのが相当である……」と判示し、被告人が単に、他人が開設した無線局を運用したにすぎない者ではない趣旨の判示していることに徴すると、原判決は「無線局を開設した者」とはその無線局を支配管理している者と解したうえで被告人が本件無線局の支配管理者に当るとの判断の過程を明らかにしたものと理解することができるのであつて、所論の非難は当らない。

そして、原判決が「本件電波法違反罪の成否」の項の1ないし4において認定している事実及び同項において判示しているごとく本件の無線設備が自動車に固定された設備ではなく携帯無線送受信機であること、ならびに本件無線設備に関し他に無線開設の免許を受けた者があり被告人がその免許を受けた者の支配管理のもとにその送受信機の操作にかかわつたにすぎないと認められる特段の事情が存しないこと等を総合すると、被告人は本件無線局を支配管理していたものと認定できるのであつて、原判決には所論のような判断の誤りは存しない。論旨は理由がない。

控訴の趣意中、事実誤認の主張について

所論は、要するに、原判決は、被告人が無線局を開設した旨の事実すなわち被告人が本件無線局の支配管理者であると認定するに当り、被告人が小金井食堂で友人と別れ、本件自動車の鍵を携帯して一人で右車両に近づき運転席ドア前付近に至つたところで警察官の職務質問を受けたこと、とりわけ、右車両の鍵を携帯していなかつたのにこれを携帯したとしていること、被告人が右車両に戻つた後はこれを単独で使用するつもりであつたこと、被告人が無線機を操作し受信の周波数表示を変更したこと等の事実を認定しているが、右は事実誤認である、というのである。

そこで、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討するに、前記のとおり、原審証人関戸政夫の証言は十分信用することができるものであり、その他原判決が事実の認定に供した関係各証拠によると、原判示の罪となるべき事実及びその認定の経緯として「本件電波法違反罪の成否」の項において認定判示しているところはすべて肯認することができるのであつて、証拠の取捨選択ならびに判断の過程に誤りは認められない。この点の論旨も理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官内藤丈夫 裁判官前田一昭 裁判官本吉邦夫)

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